私的・すてき人

堺とインドを結ぶ架け橋に

File.069

古典インド舞踊家

やなぎだ きみこ

柳田 紀美子さん [大阪府堺市在住]

公式サイト: http://www.geocities.jp/odissi9/

プロフィール

1963年 大阪市出身
1987年 奈良女子大学文学部教育学科卒業
1993年 インド オリッサ州政府科学技術省勤務 3年後帰国
2006年 オリッシィダンス世界大会に日本代表として演舞  
国内外での公演活動の傍ら、伊勢神宮等での舞踊奉納、インド舞踊の公演プロデュース等も手掛ける  
奈良女子大学非常勤講師 堺・狭山などに教室を主宰

「みんな同じであること」を求められがちな日本という国を飛び出してみると、思いもよらないサプライズに出会える。
多種多様な民俗のるつぼ、インドでは「価値観も常識も何もかも違っていてあたり前。ひとりずつ違ってるからこそ面白い。そんなインドの魅力や文化を好きになってもらえたら・・・」

インド舞踊に魅せられ海を渡ってから17年、今ではダンサーとしてだけではなくインド文化を紹介するプロデューサーとしても奔走。料理、芸術、文化・・・彼女のまいたタネは、ここ泉州にもいろんなカタチで芽を出し、枝をのばしつつある。

熱意で開いた秘技への扉

オリッシィダンスとの出会いは、大学生の時。旅先で見た“動く彫刻”ともいわれるほど優美で、今まで見たことのない官能的な踊りに心がふるえた。

オリッシィとは、千年以上東インドのオリッサ州の寺院に伝えられてきた、巫女たちが神へ捧げる舞踊のこと。胸、腰、膝の三ヶ所をジグザグに曲げ究極の美を表現する「トゥリバンギ」をはじめ、手指や眉、頬など全身をコントロールしてラサ(情感)を表現する繊細かつ躍動的な踊りは、数ある古典舞踊のなかでも独得のものだ。
ゆえにその技術は財産として管理され、いってみれば門外不出。一般の外国人になどなかなか伝授してくれないものなんだとか。

「初めは毎日通って、ただひたすら見てるだけ。何も教えてはくれないんです」
それでもなんとか踊りを学びたくて、就職してからも年に一ヶ月の休暇を使ってはインドの師匠のもとへ。けしてあきらめない彼女の熱意は、次第に彼らの心を動かし、やがて秘技ともいわれる舞を少しずつ教えてもらえるまでになる。仕事をしながらの短期留学を、なんと7年間も続けたというから、彼女のオリッシィへの思いの強さはナミではない。

そして30歳の時、たまたまインド大使館が日本人を募集していると聞いて応募。願ってもないオリッサ州で仕事に就くというチャンスを手にする。
日本への就職を希望する学生たちの窓口という仕事をこなしながら、朝と夜毎日6時間、休みの日には10時間ものダンスレッスンをするというハードな毎日。
「でも楽しかった。暑いしひとりで大変なことも多かったはずなのに、最後は帰りたくないなあって」 みんな違ってみんないい・・まるで金子みすずの詩のような、この国の魅力にハマってしまっていたのだ。

オリッシィを踊る意義を見出したい

3年間の修業を終えて帰国したものの、当時はインド舞踊なんてほとんど馴染みもなく「おけいこ」のカテゴリーにも入っていない。「初めは真っ暗闇って感じだったんですけど、まず地元のパンジョで教室を持つことができて・・・」
地道に踏み出した一歩は次第に評判を呼び、公演の依頼もあちこちから舞い込むようになる。

「神さまをたたえる踊りなので、抽象的な作品が多いんです。男女の恋愛の歌のように見えて、実は神への献身を現していたり・・・。だから自分が年をとるにつれて、気づくことや理解できることが増えていく。作品をどれだけ引き寄せて読みとっていくか・・・その深さが一番の魅力なの」

ここ数年は熊野大社、法華寺、伊勢神宮など日本古来のパワースポットともいえる舞台で踊ることも増えた。
「ずっとインド人でもない自分がオリッシィを踊る、その意義を見出したいと思ってたんですね。根っこに日本文化を持つ私が、古来の神聖な場所でインド舞踊を奉納する・・・そのことで、インドと日本の融合という夢がかなったというか・・・」

一方で「インド祭」の実行委員やインド舞踊家を招いてのイベントプロデュース・・・といった、関西、特に堺市とインドを結ぶ役目も積極的にこなす。

「たった5分」はまあ1時間、郵便局に行けば受付けがのんびりすぎて1日がかり・・・そんな触れてみて初めてわかる、笑っちゃうほどの感覚や文化の違い・・・「でも、そこを越えると、インドはほんとに人と人との距離が近い!仲良くなると家にも勝手に入ってくるし、そのかわり困った時も助けてくれる・・・お味噌やしょう油を貸し借りしていた、ひと昔前の日本のような感じかも」

インドを紹介する彼女の活動のなかには、これからの世代にもっと海外に出て行って様々な経験をしてほしいという思いもこめられている。
「若い人には旅をするだけじゃなく、もっと世界を見てほしいんです。日本という国や自分のことも、外から見てみると新しい発見がある。いい所も悪い所もクリアに見えてくるんですね。そしたら世界にはいろんな価値観や考え方があって、それで普通。人はみんなオンリーワンの個性なんだとわかるし、きっと人生の素晴らしい糧になると思うんです」

2010/09/29 取材・文/花井奈穂子 写真/ 小田原大輔