大事なのは“おもてなしの心”、それを提供したい
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三和実業株式会社 「喫茶館 英國屋」代表取締役社長
おぎはら すすむ
荻原 奨さん [大阪府堺市在住]
公式サイト: http://www.cafe-eikokuya.jp/
1958年 兵庫県出身 関西学院大学商学部卒
1981年 「UCC 上島珈琲」入社
1987年 「三和実業」入社
2010年 社長に就任 大阪外食産業協会副会長、’13食博覧会広報・行催事本部長
「スペースを提供するのではない、ていねいに煎れたコーヒーを運んでお出しする……その“おもてなし”の心を提供したいんです」
こんなに目まぐるしく、すべてのものが変化していく時代が今まであっただろうか。インターネットやテクノロジーの進化は、人が経験したことのないほどの何倍もの速さで社会を動かしていく。次代を読む力のある企業だけが、生き残っていけるサバイバルの時代だといえよう。
喫茶業界にもまた、オープンテラス型式のカフェブーム、外資系や大手チェーン店の台頭……と様々な波が押し寄せる。そんな先の見えない“今”というタイミングで、一代で「英國屋」を築きあげた松本孝会長からバトンを渡された彼の思いはどこにあるのか。
「サイバーとは違う、人間らしさっていうのかな。人と人がつながる豊かな場所っていうのが、いつの時代でも必要だと思うんです。セルフの気楽さとはまた違う、人を結ぶコーヒー文化を発信したいんです」
女性が入りやすい、それが原点
大学のゴルフ部で知り合った奥さまが、松本会長の長女だったことから偶然この世界へ。入社してからはずっと会長のそばで、一緒に走ってきた。
「大事なのは人づきあいやいうのを、会長から教わりました。特に大阪は一回信用を失ったら終わり。仕事といってもしょせんは、人と人との信頼関係です」
英國屋といえば、関西の喫茶店のイメージを塗りかえた、ある意味革命児だといってもいい。
それまでスポーツ紙にタバコ、オジサンのたまり場というキーワードしかなかった喫茶店を、ヨーロッパ風の家具とオシャレなカップ、ゆったりした空間を創り出すことで、女性客を取り込むことに成功。女性が楽しめる場所として人気を呼ぶことになる。
「ちょうど女性の社会進出が始まった頃だったんです。だから女性が入りやすい、今までにない店を作ろうとしたんですね」
さらに「喫茶店はロケーション産業」との考えから、出店は駅前や百貨店といった場所にこだわり、多くのファンを獲得してきた。
だが「デパートは絶対だった」時代にも、やがて翳りが見えるようになる。家にいながらすべての商品が、市場より安く手に入るネット世代にとって、わざわざ百貨店まで行く必要性がないのだ。
デパート業界の低迷は、そのまま喫茶の売り上げにもはね返ることになる。「本当に価値観がドンドン変化していく、確かなものが見えない。大変な時代やなあという気がします」
地域で一番のコーヒー屋を目指して
そして昨年、社長に就任。「英國屋」という船を率いるトップとして、その未来を任された。
「こんなにプレッシャーやとは思いませんでした。今までは数年先のことを考えていればよかったのに、今は20年、30年先を見て決断しなくちゃならない。10年なら何もしなくても続く。でもそこから先を考えるなら、新しい企画やアイデアで勝負していかんとダメです。だから新しいメニューの試作会をして、いいものはドンドン店に出していくし、世代や用途に合わせていろんなスタイルのカフェも出店しています」
「最近思うのは、若いコたちに欲がないこと。なんでもある、飽和状態のなかで育ってるからハングリー精神がない。昔ならいつか独立するために、という社員が多かったけど、今はサラリーマンのままでいいっていう(笑)。だからいつも彼らにいうんですよ、なんでもいいから一番になれってね。笑顔でも、おもてなしでも、アイデアでもなんでもいい、これならナンバーワンやっていうものを持てと。その気持ちが店を“地域で一番のコーヒー屋”にするんやと僕は思うんです」
様々なものが生まれては消え、人も変わり、ブームや流行もアッという間に過去になっていく。だが、一方で人とふれあいたい、心を通い合わせたいという人間の根源的な想いは、カタチこそ違ってもいつの時代にもあるはずだ。
ゆったりとしたふれ合いの場所とおもてなしの心……そんな「英國屋」のポリシーを、どんな風に現代と融合させながら、新しいスタイルを創っていくのか、若い世代にアプローチしていくのか……とても楽しみである。
<2011/10/24 取材・文/花井奈穂子 写真/ 小田原大輔>