彫った人物の想いや背景、物語までがすべて伝わる、そんな仕事がしたい
「伝統」とは、卓越した技術や文化を後世に伝えていく遺産のようなものだ。だが、それは一方で古ぼけたしきたりをも継承することになる。
泉州の宝といわれるダンジリもまた、神事だからという理由で、女性が地車に関わることを長い間タブーとしてきた、まさに“男”の世界。
だがなんとそこへ、女性ながら軽々と飛び込み、夢を実現させようとしているのがこの三宅さんだ。男ばかりのなかでひとり、ひたすらノミを動かすその一途さとたくましさ―――こんな女性が増えれば、ダンジリという伝統の世界にも新しい時代の風が吹き込むのかもしれない。
木を削るってこんなに楽しいんだ
草食系男子、オトメン……そんな言葉が流行るほど、男と女の“らしさ”が逆転しているこの時代にあっても、ダンジリは今なお昔ながらの男の祭りだ。
そのダンジリの伝統を支える彫り師もまた同じで、泉州でも女性はほんの数人。もちろん、木下一門でも紅一点だ。
「驚かれるんですけど、初めからあんまり抵抗がなかったんです。男兄弟ばっかりのなかで育ったからかも(笑)」
子どものころから、図工の時間が好きだった。
「モノを造りだす作業が好きやったんです。でも、現代アートはなんか違うなあって。だから昔から伝わるような工芸の勉強がしたくて、京都の専門学校に入ったんです」
そこで受けた最初の授業が、半年かけて能面を彫ることだった。
「その時初めて木を削るってこんなに楽しいんだって気づいた。木からカタチを造っていくってなんかいいなあ、私に合ってるなって」
すっかり彫刻の魅力にハマった彼女は、2年間ひたすら作品を彫り続け、これを仕事にしたいと思い始める。
「ほんとはそれまでダンジリの仕事をするなんて考えてもなかった。小さい頃からダンジリはいつも、そこにあって当たり前だったんです。だからことさら考えたこともなかったんですね。でも京都の学校に通ってみると、友だちに『ダンジリってスゴイよね』とかいわれて……だんだん自分も地元の伝統に関わりたいなと思うようになって」 そして卒業と同時に、木下一門に弟子入りすることになったのだ。
キミに彫ってもらいたい、といってもらえるのが夢
ついに夢の入り口に立ったとはいえ、20歳の女のコらしい華やかさやオシャレとも無縁、ひたすら作業着で一日中ノミを動かし続ける“職人の世界”。しかも7年間は弟子修行の身というかなりの厳しさをクリアしなくてはならない。
「もちろん、うまくいかないことも嫌になることもあります。ダンジリはケヤキで彫るんですけど、硬いので女性には大変!でもそこで投げ出すのは違うと思う。自分でやると決めて入った以上もう後戻りはできない、思いは貫かなアカンと思う」と、その根性はナミじゃない。縛られたくない、我慢できない…とフリーターを選ぶ若者も多いなかで、1本筋の通った凛々しさはかなり“オトコマエ”だ。
「動く美術館」と呼ばれるほど、歴史絵巻や合戦の一場面を圧倒的な迫力で多彩に彫りあげていく地車。そこには彫り師の魂がこめられているといってもいい。ダンジリを任されるというのは彫り師にとって大きな目標ともいえるだろう。
「今にも動き出しそうなというか、表情を見たらその人物の想いや背景、物語までが全部見る人に伝わるような、そんな作品を彫れたらいいなと。自分の表現したいことが、相手に伝わらないと意味がない。だから作品を見て『あ、わかる、わかる。これイイやん』っていってもらえた時はほんとに嬉しいんです。で、いつかぜひキミに彫ってもらいたい、といってもらえるような彫り師になれたら最高です」
思いは伝えるもの。一生懸命やってるつもりでも、それがひとりよがりで終わったら意味がないという彼女。見る人に何かを伝えるために表現するために、腕を磨き、技を高め芸術という終わりのない道を歩き続ける。いつか、彼女の魂がこもった彫り物に彩られた、地車が曳かれているのを見てみたいと思う。
2011/06/11 取材・文/花井奈穂子 写真/ 小田原大輔