私的・すてき人

わざわざ足を運びたくなる、そんな本屋さんに

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「木下書店」 代表取締役

きのした ひでお

木下 英雄さん [大阪府岸和田市在住]

公式サイト: http://www.kinoshitashoten.com/

プロフィール

1955年 岸和田市出身
1977年 関西大学卒業
1995年 木下書店3代目社長

出版業界は今、剣ヶ峰に立たされているといっても過言ではない。
 
一瞬にしてすべての娯楽と情報を手にできるインターネットの登場で、出版だけではない多くの業界が、“生き残り”をかけた変革を迫られている。
そんな逆風のなか、泉州に大きく根を張ることで「地元の本屋さん」として愛され続け、なんと70周年を迎えたのが木下書店だ。
 
「新しいものはドンドン取り入れていく。でも残し続けていかなアカンものもあるんです。紙に触れるからこその良さや楽しさ、それに地元ならではの情報を届けるきめの細かさとかね」
 
全国区には無い地元密着の強さ。この武器をどう使うか、どう展開するのか…これからが勝負の時ともいえる。
 

家の軒先からのスタート

岸和田駅前の本店をはじめとして、5つの店を展開する泉州ではおなじみの木下書店。長い歴史を誇る書店のスタートは、70年前自分の家の小さな軒先に数冊の本を並べて売りだしたことから始まった。
 
「先々代のおじいちゃんが、どこからか古本を仕入れてきてね。それを家の前に並べてみたらそれはもう、飛ぶように売れたらしいですわ。戦後の娯楽がなかった時期やったから、みんなが楽しみにしてくれたみたいで」
 
それからの数十年、本屋はまさに知への刺激や情報、立ち読みをする楽しさ、作品に出会うワクワク感…すべてを叶えてくれるおもちゃ箱のような場所だった。
自ら手に取ってお気に入りの本を探す時間も、そして紙の感触を楽しみながら文字を追う時間も、そのどれもが私たちにとってなくてはならない喜びだったのだ。
 
「僕が入社した頃は、本当に活気があってね。特に4月になると店は学生さんでごった返すんですよ。2階までもう足の踏み場もないほど、学習参考書が山積みされててね」
 
さらに当時ベストセラーといえば100万部、200万部があたり前。「なんぼ仕入れてもすぐ売り切れになってしまう、そんないい時代でしたね」
 
だがネットの登場で世界は一変する。人は今まで経験したことの無い“未知との遭遇”を果たすことになったのだ。
 
世界中の情報が一瞬で検索できるようになって、新聞やTVニュースの存在価値が薄れていく。さらにアマゾンなどの登場で、本はもちろん衣料から家具、雑貨までありとあらゆるものが、座ったままキーを押せば24時間手に入る。
文字離れが加速しているうえに、漫画も文庫、雑誌もデジタルで読めるから、紙の必要性も薄れていく…
 
こんなにもすべての価値観が変わったことにとまどうのは大人だけで、若者は当然のようにそれらを使いこなし楽しんでいる。
リアル店舗である“街なかの本屋”にとっては、まさに“受難”の時なのである。
 

岸和田駅前を盛り上げていきたい

だが逆にリアル店舗だからこそ、出来ることもあるのではないか――彼のなかにはその強い思いがある。
 
「岸和田ならではの“だんじり祭”の写真集がほしいというお客さんの声に応えて、地元の本をたくさんセレクトしています。全国区ではない、ここにしかないものを特化して置くことで皆が来てくれるんです」
「デジタルでは味わえない、紙やからこその情緒とか楽しさを大事にしていきたいとの思いもあります。意外や絵本や児童書の売り上げは伸びてるんですよ。自分の子どもには本を読ませたい、紙に描かれた絵の素晴らしさを味わってほしい…という思いで探しに来られるお母さんも多い」
 
この逆風のなかでも蔦屋書店などの大型店は、カフェとの融合や空間デザイン、意外な本に出合える独自の陳列手法…と様々な工夫で売り上げを伸ばしている。
インターネットの利便性を逆手にとって、ネットでは出来ないこと、味わえないものや時間を“リアル店舗”で実現しているのである。
 
大型書店には無い地元密着だからこその強みに加え、ネットには真似できないアイデアを駆使すれば、またここから新しい「木下」ワールドが展開するに違いない。
 
一方で「地元とのつながりを大事にしたい」との思いから、本店がある岸和田駅前通商店街の役員として活性化にも力を注ぐ。
時代の波にのまれ、ご多分にもれず客足がとだえた商店街にもう一度活気をと、年に2回、市の商工会議所とともに「どんチャカフェスタ」を開催。ゲームやイベントなどさまざまな仕掛けを駆使して、商店街ならではの魅力をアピールしている。
 
「昨年から始めた、2000円分得に使える『とくとく商品券』は2日で売切れてしまい、フェスタも大賑わいでした。これを普段の集客につなげていければいいなと。商品を買うだけじゃなく、人と人が触れあえる商店街の楽しさや素晴らしさをもっともっとみんなに
 
知ってほしいんです。ここ岸和田は特急が止まる駅なんですよ。だんじりはもちろん、岸和田城もあって関空からも近い。駅降りた時に『ああ、素敵な街やなあ』ってみんなに思ってほしい、それが私の夢なんです」
 
「駅前の本屋さん、頑張ってるやないか…そういってもらえるように、地元の人や情報を大事にしながら新しいことに挑戦していきたい。皆がわざわざ足を運んででも行きたくなる、そんな本屋になっていければいいなと思ってるんですよ」
 
 

2018/12/13 取材・文/花井奈穂子 写真/ 小田原大輔