私的・すてき人

消えゆくエレガントな香り…それを今の時代に再現させたい

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「ルーツカンパニー」代表 調香師

ふくたに ようこ

福谷洋子さん [大阪府南河内郡在住]

公式サイト:

プロフィール

・ニューヨーク出身
・園田学園女子大学国文学科卒業後、吉本興業に入社
・エルメスジャポンの香水プロモーションを手がけたことから、香りに目覚める
・人材請負事務所「ルーツカンパニー」代表に

彼女には二つの顔がある。

 

何百種もある香料の中から、この世にたったひとつの“香り”を作り出す、繊細でデリケートな調香師の顔。 「古い時代の香水には、天然香料独特のエレガントとしかいえない香りがあるんです。その消えゆく香りを、今の時代に再現出来たら素敵だなって…」

 

そしてもうひとつは、100人以上ものスタッフを一手に束ねる、経営者としての顔だ。それも“ひとり焼肉”なんてあったり前、なんと立ち呑み屋にだってフツーに通う、かなりの“オヤジ”である。

 

「家に帰る前には必ずちょっと店で一杯!(笑)そのワンクッションが自分を取り戻す時間なのかも。店で出会ったお客さんと意気投合して、それが仕事に結びついたり…仕事も人とのつながりも“飲みニケーション”から生まれることが、なぜか多いんです」 この“男前”な性格と、女らしい華やかなルックス…そこのギャップもまた彼女の魅力なのだ。

 

 

エルメスが開いた調香師への扉

幼い頃から木の匂い、血のにおい…といった生活のなかにある、かすかな香りを敏感に感じる少女だった。

 

大学では心理学を専攻し、教師になる道もあったのだが「やっぱり私には向いてへん、ガラじゃないな」となぜか畑違いの、お笑いの吉本興業に入社した。 そこで1年営業を経験し、人材派遣会社に移ってからは、大阪国際会議場「グランキューブ大阪」や、梅田のHEPナビオ内に約300のブランドを集めて作られた「阪急メンズ館」の立ち上げなど、数多くのプロジェクトやイベントのプロモーションに関わってきた。

 

「それはそれは楽しかった!メチャクチャ忙しかったけど、新しい企画を実現するためには何が必要なのか、どう動けばいいのか…ここでたくさんの事を学んだんです」

 

そんなある日エルメスジャポンが展開する、香水のプロモーションの仕事が舞い込んで来る。 「それに関わるうちに、うわぁ、香水ってなんて素敵なんだろうって目覚めてしまったんですね。人の心をフワッとさせたり、癒してくれたり…もっと香水について知りたいって思いが止まらなくなってしまって」

 

さっそくエルメスの名香「オードエルメス」や、ディオールの傑作「ディオリシモ」を世に生み出した、フランスの巨匠エドモン・ルドニッカ氏の最期の弟子といわれる調香師、田代はなよさんに弟子入り。仕事のかたわら月に二回、名古屋にあるアトリエまで通い始めたのだ。

 

「まず何百種類とある香りを、全部覚えるところから始まるんです。それが終わると今度はレシピを見ずに、自分の感覚だけでこの香水と同じものを作りなさいっていわれる。資格というものがないだけに、調香師は技術とセンスだけがたよりなんです」

 

全国でも、調香師として活躍する人はごくわずか。膨大な数の香りを覚えるだけでも至難の業なうえ、修業だけでも5~6年はかかるという、優雅なイメージの割にはなかなか忍耐のいる道なのだ。 「まるで実験みたいなもので、ミスしたと思ってもそこから偶然すごい魅力的な香りが生まれることもあったりして。そこがまた面白いとこなんです」

 

自分たちでイベントを仕掛けていきたい

一方代表を務める人材請負事務所「ル―ツカンパニー」は、前任者が手放そうとしたのをふとした縁で、彼女が引き継ぐ形でスタートした。

 

「急に事務所を失って、所属していたコンパニオンたちの行き場所が無くなってしまったの。それじゃあ、ここはひとつ私が引き受けようじゃないかと(笑)それからは毎日カバンひとつ持って営業に走り回りました」と、ここでもなかなかの“男前”ぶりを発揮。

 

持ち前のガッツとスキル、そして発想の豊かさで、9年経った今では司会や講師、メイクアップアーティストの請負など各種業界でのプロデュースの幅も広がってきた。

 

スタッフはほぼ女性だけ。そんな現場をまとめるには、メンタルのケアなど仕事とはまた別の気遣いが欠かせない。 「うちではスタッフの募集はかけません。必ず誰かの紹介で仲間になってもらう。だから信頼できるし、長続きもするんです。で、問題が起きたらとにかく腹を割って話し合う。とことん話し合ったら、もう蒸し返さないのが鉄則です」

 

さらにこれからは仕事を待つだけでなく、自分たちでイベントを作り出していきたい、というのが大きな夢だ。 「いろんな業界でイベントを仕掛けていければ、スタッフの活躍する場所が広がる。そのための道すじを作りたいんです」 数々のイベントをプロデュースしてきた豊富な経験と、“飲みニケーション”で広がった輪は今も彼女の大きな武器だ。

 

そしてもうひとつ、叶えたい思いがある。 フレグランスの魅力、本当にエレガントな香りをたくさんの人に伝えたい――そのためにはもっと調香師としての活動の場を広げたい。

 

「今暮らしの中にある香りは、ほとんどが合成香料なんです。香水だけでなく、洗剤、柔軟剤、食品…合成にもいいところはあるんだけど、やっぱり天然の持つ独特の優美さにはかなわない。シャネルやエルメスの香水が生まれた時代――あの頃の上質な香りをもう一度作ってみたい、味わいたい。そして10年かけて学んだことを、今度は調香師を目指す関西の人たちに伝えたい。いつかそのための教室が持てたら幸せです」

 

<2013/11/26 取材・文/花井奈穂子 写真/ 小田原大輔>