私的・すてき人

ラジオで街をワクワク元気に!

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「ラヂオきしわだ」代表理事 放送局長

やぎ ゆういちろう

八木 雄一郎さん [大阪府岸和田市在住]

公式サイト: http://www.radiokishiwada.jp/

プロフィール

1949年 岸和田市出身 
1971年 関西学院大学経済学部卒業 オリックス入社
2011年 5月「ラヂオきしわだ」開局  放送局長に就任

「岸和田限定。市民とボラティアの力だけでつくる、サプライズの番組を届けたい!」

ラジオは今、メディアとして最大の転換期に突入しているといってもいい。インターネットに携帯、ゲーム…次々誕生する、刺激に満ちた新しいコンテンツの波にのまれるように、多くのFM放送局が人気の低迷と経営難にあえぎ続ける。

だがそんな逆風をもろともせず、「岸和田を元気にしたい!」という思いだけで、仲間とともに奔走、「ラヂオきしわだ」を開局してしまったのがこの八木さんだ。

「とにかくみんなに参加してもらいたい!大手の放送局には到底できへんチャレンジで、街を楽しくしたいんです」

大手のFM局にありがちな、ハコの中から発信するだけではない、ここを市民のコミュニティの場に、ネットワーク作りの拠点に―――スタートから2か月、その思いは早くも小さなミラクルを誕生させている。

人生には限りがある、だったら楽しみたい

「オリックスに入社してからずっと、誰かのため、会社のために働いてきたんだけど、ある時ちょっと心臓を悪くしたことがあって。それで思ったんですよね、人生には限りがあるんやなあと。だったらやっと定年になって、60歳まで人のために働いてきたんやから、これからは違う価値観で自分の人生を楽しみたい…ちょうどそう思ってた時やったんです」

新しいライフスタイルを探していた彼のもとに、友人から1本の電話がかかってくる。「岸和田にラジオ局を作りたいねん…一緒にやってくれへんか?」

ラジオを通じて岸和田を元気にしたい…その友人の言葉は、そのまま彼の想いと重なる。
「3年前、久しぶりに東京から戻った時まず思ったのが、街に活気が無くなったなあってことやった。紡績や地場産業がどんどん無くなって、高齢化も進んでる。ラジオで街を元気にできるんやったら、それいいなあ…ってことになってしもたんです(笑)」

保険、金融、住宅開発、コンサルタント…と多様なビジネスを展開している企業にいたおかげで、「どんな業界にも違和感なく入ってける、そのスピードだけは早い」という彼は、言葉どおり一気に走り出した。

「もうけようっていう事業じゃないんやから、みんなの支えがなかったらできへん。そのためにはNPO法人としてやっていく方がいい」 そのための申請はもちろん、79.7MHzという電波をもらうための役所との折衝、資金集め……山のようにある課題や困難を次々クリアし、なんと1年3か月という異例の早さで開局へとこぎつけたのだ。

ミラクルが起きるから面白い

地元限定のローカル局、だからこそ出来ることは何なのか、どんな仕掛けでリスナーを巻き込んでいくのか――

「みんな自分の思いや活動を発信できる場がないと思うんです。だからひとりでもたくさんの人に、ここへ来て何かを伝えてほしい。ラジオ局は16から84歳までいろんな人が出入りする、日常とはまったく違うスペース。誰もが平等だし、自由に自分を表現できる。だからこそいろんなことが起こるけど、それがまた楽しいんです」

つい先日も、地元の高校生たちが自由に思いを発信するコーナーで、思わぬサプライズが…。イジメや引きこもりのせいで、長い間学校では誰とも話せなかった子どもが、ここへ来てしばらくすると自然にみんなと楽しそうに笑いながらしゃべりはじめたのだ。それを目の当たりにした先生は「信じられない」と思わず涙、涙……。

一方で、インターネットや携帯でも番組を聞けるシステムを導入したいと、新しい時代へのアプローチも忘れない。
「電波の具合で、聞こえない場所があったりするんです。車では聞けたのに、家の中に入ったらアカンねんとか。災害時に緊急ニュースを流しても、聞こえないんじゃローカル局の意味がない。だからネットやi-phone、androidでも聞けるサーマル放送をスタートさせます」

たしかにラジオ業界が不振ななか、昨年始まったネットでリアルタイムにラジオ番組を聴けるサービス「radiko」は、予想外のユーザーを取り込み、若い世代にまでファンを広げた。もちろん、このような大手と方向性は違うものの、今まで天敵ともいえた時代のコンテンツを逆に利用することで「ラジオ」に新しい世界が見えてくるのも確かなこと。

「街を自転車で走ってると『聞いてるで!』と声をかけてくれる。4時間睡眠で走り回る毎日やけど、みんなが喜んでくれる顔を見たらほんとにうれしい。1年間で3000人の人にここで思いを発信してもらう、それが今の僕の夢です」

プロがしゃべるわけでも、企画するわけでもない。スタッフとボランティアだけがたよりの、いってみれば「素人集団」。だが、だからこそ生まれてくる地元との一体感やユニークなアイデア-―-―「ラヂきし」を担う彼の挑戦は始まったばかりだ。

2011/06/30 取材・文/花井奈穂子 写真/ 小田原大輔