私的・すてき人

本物の芸術と向き合う感動を届けたい

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小林美術館 館長

こばやし えいき

小林 英樹さん [大阪府高石市在住]

公式サイト: http://kobayashi-bijutsu.com/

プロフィール

1943年 和泉市出身
1966年 関西大学工学部卒業後、阪田商会入社
1974年 小林塗料店を創業
1996年 小林塗料産業本店が高石に移転
2016年 小林美術館設立

個人が所有する私設美術館の運営は、どこもキビシいであろうことは察しがつく。
建設費、ばく大な維持費、広告費、人件費…それらをカバーできるほどの入館者を確保することは、至難の技に違いない。
それでも「自分の集めた日本画をたくさんの人に見てもらいたい。大人から子どもまで、本当に素晴らしい名画に触れる機会を作りたい…」そんなアツイ思いを止めることはできず、ついに彼は昨年この美術館を立ち上げる。
 
「やっぱり採算をとるのは大変ですな(笑) でも四季折々の特別展を開いたり、ミニコンサートをしたり、高石バルに参加したり。いろんなアイデアで地域の人たちに感動や発見、安らぎをもたらすことができる美術館を創っていきたいんです」
起業家としての一線を退いた彼が、第二のステージに選んだこの美術館。どんな企画や仕掛けで集客するのか、私設ならではの魅力を発信していくのか――挑戦は始まったばかりだ。
 
 

日本画に惚れこんで始めたコレクション

横山大観、竹内栖鳳、上村松園…世界に誇る日本画の「文化勲章」受章作家、39人全員の作品を中心に、所蔵する約300点の名画はすべて彼が私財を投じて集めたもの。
ではなぜ日本画をコレクションするようになったのか――そこには自分が塗料という、色の仕事を専門にしてきたことと大きな関係がある。
 
大学を卒業した彼はまずインクの会社に就職する。そこではコンピュータのシステム設計の仕事を任されていたのだが「それがもうメチャクチャ忙しくてね。当時は毎月100時間を超える残業をこなして、毎日会社で寝泊まりするありさま。それが2~3年続いた頃、突然血を吐いて倒れちゃって」
そのまま救急車で運ばれ、入院。1ヶ月後に退院したが「これ以上もう無理やって思ったんですよ」
 
心身ともに限界を感じ「さて、どうしよう…」となった時、妻の実家だった塗料屋で勉強させてもらうことを思いつく。そして1年半後に独立、和泉に小さな店舗を借りて「小林塗料店」を開いた。
「朝早くから夜遅くまで、それは働きました。当時はちょうど高度経済成長期でね、有難いことに業績もドンドン良くなっていったんです」
 
「そのうち塗料を買ってくれたお客さんから『展覧会を開くから見に来てよ』ってよく誘われるようになって。で、行くとついつい作品を買ってしまうんだよね(笑)」
 
そしてある時、美しい日本画と運命のように出会ったことで、その魅力にゾッコン惚れこむことになる。
インクからペンキへと変わったものの、ずっと“色の道”を歩いてきた彼にとって「日本画に使われている、岩絵具の美しさに感動したんだよね。素材によって異なる発色、明度、彩度…どれをとっても心がふるえることばかり。光によって見え方が違ったり、濃淡によって描かれるつややかな描写…もっと日本画を知りたい、向き合いたいと思ってコレクションを始めたんです」
 
 

デジタルで芸術は伝わらない

集めるからには素晴らしいもの、一流のものを、という思いから文化勲章を受けた日本画家39人、全員の作品をコレクションすることを決意。
「数年前それがやっと達成できたので、この美術館を創ろうと思いました。本物の作品と向き合う感動を身近に体験してもらいたい、みんなが気軽に芸術に触れる機会を作りたい、その思いで建てたんです」
 
もちろん高石市では初めての美術館。
「百人一首にもうたわれる高師浜の松林、古くは海水浴場がありリゾート地としても栄えた歴史ある浜寺や羽衣。そんな由緒あるこの街に、人々の心を豊かにしてくれるような文化芸術を発信する拠点を作りたかった。ぜひたくさんの人に来ていただいて、素敵な時間を過ごしてほしい」
 
展示会場にはガラスケースが無いため、まじかで手に取るように鑑賞できるのも魅力のひとつ。筆の動きや色の深み、そして長い歴史のなかで出来たシミまでまるごと味わえるのも、ここならではの楽しさだ。
 
「デジタルの普及で、世界中のことがなんでも簡単に見られる時代になった。でも写真や映像で、芸術作品の持つ迫力や質感なんて伝わらないと思うんです。自分の目で見て触れて初めて、心が揺さぶられるし、感動するんだと思うんだよね」
 
オープンから1年経って、地元はもちろん、海外からも徐々に客が訪れるようになった。アイデア次第では、ここを拠点に地域の活性化が生まれることだって夢ではない。
 
次代を担う子どもたちがアートと出会い、想像力や夢を育む。大人が感動ややすらぎで満たされる――美術館にはたくさんの大事な役割がつまっている。斬新な作戦とアイデアで、ぜひ高石のレジェンドを創ってほしい。
 

2017/9/7 取材・文/花井奈穂子 写真/ 小田原大輔