私的・すてき人

消えゆく日本の伝統美を、この手で未来につなげたい

File.145

彫貼紙(ちょうはし)作家

かめい みちよ

亀井 美知代さん [大阪府富田林市在住]

公式サイト:

プロフィール

2013年 工業デザイナーをしながら彫貼紙という、新しいアイデアを考案しクラフト展などに出品  愛媛県出身
2014年 本格的に作家活動を始める スペイン国立王立植物園のグループ展に参加 神戸元町BAZARA倶楽部で二人展
2015年 富田林の寺内町にアトリエ「今昔の玉手箱」をオープン
2016年 「ギャラリーはびきの」で個展「今昔の感」を開く スペイン「X GRAN EXPOCICION DE IKEBANA Y SEMANACULTURAL JAPONESA」グループ展に参加

骨董市でめぐり会った1枚の「伊勢型紙」――それが彼女の人生を一変させた。
 
もとはバックパッカーとして世界中を旅する“超自由人”。日本特有の窮屈さが性に合わない…そう思っていた彼女が、一瞬で魅かれたのは意外にも歴史ある伝統工芸だった。
「すごいキレイ!って心がふるえた。でも財産である型紙が売りに出されるってことは、ひとつ店がつぶれたことなんやと聞いて、とてもショックでした。消えゆく日本の文化を残したい、私の手で伝えたい…そんな衝動がわいてきて」
 
そうして生み出した彫貼紙は、古来の文様を和紙に彫り抜き自在にストーリーを創りあげていく、伝統と“今”を融合させたまさにオンリーワンのアート。
 
「私の作品を見て、日本ならではの伝統美を素敵だと思ったり、継ぎたいという人が出てくれば、また歴史は続いていく。和紙って千年以上ももつんですよ、命は消えても作品が残る。想いが遠い未来につながっていくかもしれない、それって嬉しくないですか(笑)」
 

バックパッカー人生のはじまり

幼い頃は瀬戸内海の離島で大自然のなかを走り回って過ごした。
「その頃からモノ作りが好きな子どもで。いつも美術と体育だけは点が良かった」
 
高校を卒業すると「大阪デザイナー専門学校」に入学するため、ひとり大阪に。
その頃アルバイトで貯めた10万円で、初めてアメリカに行ったのが“病みつき”になるきっかけだった。
 
「アメリカに着いた時、なんてラクなんやろ~って思ったんです。そもそもルールでしばろうとする、日本の社会が苦手だった。こうしなさいと言われて、皆が同じ方向を向かなきゃならない。同じ制服を着て学校に通う…もう全然意味がわからなかった」
 
やがて「もっと世界が見たい!」――そんな思いに突き動かされるように、ついに海外へと飛び出してしまう。バックパッカー人生のスタートである。
 
バイトで稼いではあちこちの国を訪れ、バイクでロサンゼルスからミルウォーキーを横断したり、ネパールの山から広がる大パノラマを見て感激したり。数年後にはなんと23ヵ国を制覇していた。
「地球にはいろんな国があって、そこには様々な文化やアートがある。色、空気、匂い…全部が私にとって刺激だったんです」
 
だが20代後半になると「さすがに暮らしが不安定すぎる(笑)」と、やっと日本に腰を落ち着けて、工業デザイナーとして働いた。
だが根っからの自由人は、そうやすやすと“普通”というワクにおさまるはずもない。
ある日ふと訪れた骨董市で、目がくぎ付けになった伊勢型紙。そこからまた新しいチャレンジが始まったのだ。
 

彫貼紙の誕生

伊勢型紙とは、友禅や小紋などの着物を一定の文様や図柄に染色するために使われるもの。柿渋で張り合わせた和紙に彫刻刀で柄を彫りぬいたもので、1000年以上もの歴史を持つ伝統工芸だ。だが着物文化の衰退とともに、職人も減っていくばかり。
高度な技術や忍耐力がいるため、若い後継者も育っていないのが現実なのだ。
 
売りに出されていた型紙を一目見て「なんてキレイなんやろう!」と一目ボレした彼女は、さっそくそのルーツや技を自分の目で見ようと、伊勢に向かう。
「そこで見た作品が、本当にスゴかった。こんな美しい文化がいつか消えてしまうのかと思ったら、おこがましいけど私がこの伝統を残さなきゃって」
 
「文様には意味があって、花や動物、自然を日本人ならではの感性で模様化して伝えてきた。平和だったり魔よけだったりそれぞれ未来への願いが込められているんです」
先人から受け継いできた、時代のカケラを残したい…
 
こうして初めて創作したのが、様々な文様をまとった赤い蝶や花が立体的に舞う「旅をする蝶」。人間技とは思えないほど緻密に、和紙をカッターで彫り出していく作業も「やってみたら出来てしまった(笑)」というから、ビックリ。
アイデアから生まれた新しい技法に「彫貼紙(ちょうはし)」という名前を付け、独自のアートが誕生。翌年にはスペインのグループ展に出展、日本の伝統を海外にも紹介した。
 
観音様と蜘蛛の糸、昇り龍、狐…伝統の文様を活かしながら、そこにはメッセージやストーリーがあって、さらにギミックが仕掛けてあったりするのも彼女ならでは。
ふとした角度や光で、今まで見えなかったものが浮かび上がってきたり、違った生き物に見えたり。
「陽ざしや見る人の心で、全然違って見える。そこが面白いんです。作品を買ってくれた人が、突然アッ!って仕掛けに気づいてくれる…そんな瞬間を想像しただけで楽しい!」
 
そして2年前、まるでタイムスリップしたかのように江戸時代の町家が並ぶ、富田林の寺内町にアトリエをオープンした。
「しょっちゅう散歩に来てしまうほど気に入っていたこの町に、アトリエを作りたかったんです」
今は2年越しという大作「曼荼羅(まんだら)」を制作中。
「四季にめぐまれた日本には、独特の美がある。それを日本だけでなく海外の人にも知ってもらいたい。この技術や伝統を継ぎたい…そういってくれる人がたくさんでてきてくれたらほんとに素敵だなあと。夢はいつか必ず現実になる!私はいつもそう思ってるんです」
 
 

<2017/4/14 取材・文/花井奈穂子 写真/ 小田原大輔>