私的・すてき人

市民ランナーとしての“プライド”をかけて走りたい

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マラソンランナー 理学療法士

よしずみ ゆり

吉住友里さん [大阪府藤井寺市在住]

公式サイト: https://www.facebook.com/yuri.yoshizumi.3

プロフィール

1986年 藤井寺市出身
2004年 大阪府立大学「総合リハビリテ―ション学部」入学
2006年 マラソンに出会う
2012年 北海道マラソン初優勝
2013年 大阪マラソン2位  現在は理学療法士の傍ら、小中学校を中心に講演や指導も行っている

監督もコーチもいない、練習する時間も場所も限られる…不利なことを数えあげればきりがない。
それでもなぜ“市民ランナー”であることにこだわるのか…
 
「私はいろんな大会を自由に走りたい。マラソンはもちろん、山を走るトレイルランやスカイランニングも大好き。自分が楽しいと思える場所で走りたいし、結果を出したい。だからもともと実業団には向いてないんやと思うんです」
 
自分が何をしたいか、どう動くか――組織に属してない分、そこにはすべてを自分で選び取っていくアウトサイダーならではの“自由”がある。
 
143センチという小さな体で、数々の大会を制覇。笑顔でテープを切る彼女の姿は、私たちにいつも“可能性”という夢を見せてくれる。
「実業団でなくてもここまで走れる、記録も出せるんやって胸を張れる、そんなランナーでいたいんです」
 
 

朝4時のジョギングが日課

マラソンを始めたのは、ほんとに偶然だった。
「大学2年の時先輩から『ハーフマラソンに出てみない?』って誘われて。ちょっと練習して大会に出たら優勝してしまったんです。意外に私、走れるやんって(笑)」
 
ゴールした時の喜び、達成感…「それが楽しくて練習会に参加するうちに、今度は仲間がたくさんできて。一気に走る魅力にハマってしまいました」
 
 
ここ数年マラソン界は大きく変わった。“走る公務員”川内優輝氏の登場によって、“市民ランナー”だって日本代表を狙える、そんな新しい風が吹き始めたのだ。
そしてちょうどその流れのなかに、一般女性ランナーの新星として現れたのが彼女だった。
 
中学はソフトテニス、高校時代はソフトボール部とまったく陸上に縁が無かったにもかかわらず、趣味で走り始めて6年後には北海道マラソン優勝。翌年には大阪マラソン総合2位、日本人トップという快進撃を始める。
 
「私はスピードがないので、スタートではなかなか付いていけないんです。ただ同じペースでどこまでも走れるのが強み。北海道の時は、前を走っていた人たちがドンドン脱落していって、30キロ地点で気がついたらトップになってたんです。予想もしてなかったし、みんなが喜んでくれたのもメッチャうれしかった!」
 
 
朝は4時に起きて15キロをジョギング。その後自転車で、勤め先である訪問看護ステーションへ。理学療法士として家庭を訪問しながら、リハビリの指導をするのが仕事だ。仕事を終えればマシンで低酸素高地トレーニング、1ヶ月でのべ600キロを走るという。
 
「監督もトレーナーもいないけど、私のまわりにはたくさんの仲間がいます。練習会に行くたび、各地の大会に出るたびドンドン人の輪が広がっていく。いろんな人に出会えるのが何より楽しいんです。走り方、トレーニングのやり方…みんなが教えてくれるから、私にはコーチがいっぱいいるのと同じかも」
 
 

スカイランニングでも世界を目指したい

だが、一方で故障やケガも多かった。
2011年には交通事故で鎖骨骨折、昨年は座骨神経痛でまったく走れない、長くツラい時間もあった。
「去年は気持ちもドン底まで落ちて、ほんとにしんどかった。走りたくても走れない焦りと不安でいっぱいでした」
 
だが長かったトンネルを抜けてみると、心も体もフッと軽くなった。
「何があってもプラスのことしか考えんとこ!って感じかな。今自分が一番楽しいことをやろう!ってところに行きついた。それでもし結果も出せたら、そんな幸せな事はないなと」
 
 
最大の夢はもちろん4年後の東京五輪。
「現在の目標は、2時間半を切ること。学生時代陸上をしてなかった分、まだまだ伸びしろがあるんちゃうかなって自分では思ってます(笑)」
それに加え、バックパックを背負い山野を走るトレイルランニング、標高2000メートルを超す山を駆けるスカイランニングにも挑戦中。
「自然が好きで、山が大好き。山道を走ってるとすごく気持ちいいし、楽しいんです。だから私に向いてるなあって。マラソンと両立して、こっちでも世界を目指していきたいなと思ってます」
 
 
何に縛られることもなく、自分のやりたい道をゆく。フリーだからこそ実現できる、たくさんの夢がある。
 
そしてその中には、理学療法士としての夢も。
「療法士としてもキャリアを積んで、腕をあげていきたい。いつかランナーに特化した専門の治療やケア、アドバイスを仕事にしていけたら楽しいなと。走ることはもう私の一部、だからずっと何かの形でかかわっていきたいんです」
 
 
オリンピックまで後4年、ここからどんなサプライズを見せてくれるのか――“市民ランナー”の夢と憧れを背負って、彼女にしか走れない“とびっきり”の42.195キロがきっと待っているはずだ。
 
 

2016/1/17 取材・文/花井奈穂子 写真/ 小田原大輔