私的・すてき人

和泉蜻蛉玉を次の時代に残したい

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大阪府伝統工芸士 山月工房代表

まつだゆりこ

松田有利子さん [大阪府和泉市在住]

公式サイト: http://www.izumi-tombodama.com/

プロフィール

1967年 和泉市出身
1987年 泉大津医師会附属看護高等専修学校卒業
2002年 「和泉蜻蛉玉」が大阪府知事認定の伝統工芸品に
2004年 先代でもあった父親の後を継ぎ「山月工房」代表に
2005年 大阪府伝統工芸士の称号授与
2010年 平等院鳳凰堂の国宝ガラス玉復元

“使命”という言葉が彼女にはピッタリくる。
 
「何百年と伝えられてきた“和泉蜻蛉玉”を、ここで消してしまうわけにはいかへん、なんとしても私が伝えなくちゃ!」
そう心に決め、たったひとり先代から伝統を受け継ぎ、未来へつなげようと奮闘しているのが彼女、松田さんだ。
 
“伝統”も“技”も誰かが次代に繋げなければ、やがて歴史からその姿を消してしまう。そのキーマンとして、彼女が背負う荷は大きく重い。
 
「文献を調べれば調べるほど、事の重大さがわかってきたんです。和泉の国から生まれた蜻蛉玉の魅力を私が伝えなあかん、守らなあかんって」
 
若い世代に伝えたい、残したい…彼女の手で息を吹き返した和泉のガラスアートは、
今また静かにファンを増やしつつある。
 

8年かけてもらった伝統工芸品の指定

「究極のお父ちゃんっ子やったんです」
 
小学生の頃から、硝子玉職人だった父、小溝時春さんの工房に入りびたりだった。
「毎日学校から帰ると父の仕事を見に行ってました。ガラスが解けて玉になる、それがキレイで…出来た玉がニコニコ笑ってるように見えたんですよ、きっと幸せなんやろなって(笑)」
 
それは高校を卒業し、ナースの仕事についてもずっと変わらなかった。
「朝まず父の工房に寄ってから、病院に行く。帰りもまた工房から一緒に帰る、みたいな。父の仕事している姿が大好きだったんですね」
 
 
古くは奈良時代神功皇后が、高麗から技術者を連れ帰り、和泉の国で製作を始めたことから硝子玉の歴史は始まったという。
明治初期からは地場産業として発達したものの、やがて中国の安価なガラス製品にとって代わられ、その勢いを失っていった。
 
「あんなに栄えてた工場が、一つ無くなり、ふたつ無くなり…気がついたら専業職人はお父ちゃんひとりになってたんです」
 
工場の機械音が消え、すっかり静かになってしまった町。
「俺も、もうやめなあかんのかなあ」と不安げにつぶやいた父を見て「ハッとしました。やっと気がついたんです、このままでは和泉独特の蜻蛉玉が消えてしまうやないかって」
 
着色された何色もの棒ガラスを溶かしながら、一気に作りあげていく独特の製法と深い色合い。この伝統をなんとか形に残したい――そこから彼女は走り始める。
 
 
まず「府から伝統工芸品としての指定をもらおう」と決心。
「父のためやって思って、むっちゃ頑張りました(笑)各地の資料や文献を集めては歴史調査委員会に提出する。それを繰り返して、指定を受けるまでに8年もかかったんです」
その一方で父からは、様々な技法を学んだ。
 

いつかミュージアムを造りたい

平成14年彼女の思いが実り、唯一の制作産地としてこの山月工房が府に認められた。
和泉蜻蛉玉は、泉州のブランドとして再び息を吹き返したのだ。それを見届けた二年後、安心したように父親は亡くなった。
 
 
「コツコツ頑張った努力は、絶対ウソをつかない」それが父の口ぐせだった。
 
「私も一生かけて、とにかく頑張ってみようと。父の域には到底たどり着けないと思います。でもひとりでも多くの人に、魅力をわかってもらえるように努力していきたい」
 
 
6年前には国宝・平等院鳳凰堂の依頼を受け、阿弥陀如来座像の垂れ飾りの復元も手がけた。
青、エメラルドなどの直径7ミリ前後のガラス玉約250個を、2ヶ月かけて完成。
「垂れ飾りの説明板に“和泉蜻蛉玉”の文字が入っていて、ああこれで父に少しは恩返しができたかなって」
彼女の言葉のそこ、ここに父への愛情があふれだす。
 
 
各地でワークショップを開いたり、「おおさか地域創造ファンド」の助成を受けて無料で養成講座を開校したり…と、“伝承”へのアツい思いは強くなるばかり。
 
「ガラスはほんとに気難しくて、なかなか思った色が表現できないんですね。でも『これや!』って作品ができた時の喜びは、最高。しかもお客さんに喜んでもらえる…その嬉しさがクセになるんです」
 
夢はいつか和泉蜻蛉玉のミュージアムを造ること。
「ひとりのオッちゃんが、生涯かけて蜻蛉玉を作った。人としても尊敬している父の思い出を、どこかに展示出来たらいいなあ。一筋だった父の人生を通して、何かを感じてもらえたら最高やなと思います」
 
 
※「和泉蜻蛉玉」は、山月工房の登録商標です。
 
 

2015/12/8 取材・文/花井奈穂子 写真/ 小田原大輔